ら蒲団を被って掻巻《かいまき》の襟をしっかり噛み締めていた。身体じゅうの毛穴が一度に開いて、そこから冥途《めいど》の風が吹き込むような気持ちだった。が、怖いもの見たさの一心から夜具の袖を通して伝二郎は覗《のぞ》いてみた。女である。文金高島田《ぶんきんたかしまだ》の黒髪艶々しい下町娘である。それが、妙なことには全身ずぶ[#「ずぶ」に傍点]濡れの経帷子《きょうかたびら》を着て、壁に面してさむざむと坐っているのである。傾《かたむ》いた月光が女の半面を青白く照らして、頭髪《かみのけ》からも肩先からも水の雫が垂れているようだった。後れ毛の二、三本へばりついた横顔は、凄いほどの美人である。思わず伝二郎は震《ふる》えながらも固唾《かたず》を呑んだ。と、虫の鳴くような細い音が、愁々乎《しゅうしゅうこ》として響いて来た。始めは雨垂れの余滴かと思った。が、そうではない。女が泣いているのである。壁に向って忍び泣きながら、何やら口の中で呟《つぶや》いているのである。伝二郎は怖《こわ》さも忘れて聞き耳を立てた。夜は、寺島村の夜は静かである。隣りの部屋からは、主人玄内の鼾《いびき》の音が規則正しく聞えていた。玄内
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