物の不備不足は承知の上で今夜はこの寮に泊るがよいという玄内の言葉を、いや、強《た》って帰るとも断り切れず、そのうちまた一局と差し向うままに受けたともなく、拒《こば》んだともなく、至極自然に伝二郎はその晩玄内宅へ一泊することになったのであった。ええ、家の方はどうともなれ、という頭が先に立って、黒白の石に飽《あ》きれば風流を語り、茶に倦《う》めば雨に煙る夜景を賞して彼は晩くまで玄内の相手をしていた。玄内は奥の六畳、伝二郎が四畳半の茶の間と、それぞれ夜着に包まって寝についたのがかれこれ、あれで子《ね》の刻を廻っていたか――。
何時《なんどき》ほど眠ったか知らない。軒を伝わる雨垂れの音に、伝二郎が寝返りを打ったときには、雨後の雲間を洩れる月影に畳の目が青く読まれたことを彼は覚えている。もう夜明けまで間があるまい。夢か現《うつつ》にこう思いながら、ひょい[#「ひょい」に傍点]と玄関への出口へ眼をやると、われにもなく彼は息が詰りそうだった。枕元近く壁へ向って、何やら白い影のようなものがしょんぼり[#「しょんぼり」に傍点]据わっているではないか。あやうく声を立てるところだった。が、次の瞬間には頭か
前へ
次へ
全38ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング