くなった。相手の人為《ひととな》りに完全に魅《み》されてしまって、ただ由あるお旗下の成れの果てか、名前を聞けば三尺飛び下らなければならない歴《れっき》とした御家中の、仔細あっての浪人と、彼は心の裡《うち》に決めてしまっていたのである。
「主取りはもうこりこりじゃて、固苦しい勤仕《きんじ》は真平じゃ。天涯独歩《てんがいどっぽ》浪人《ろうにん》の境涯が、身共には一番性に合うとる。はっはっは。」
こうした玄内の述懐を耳にするたびに、お痛わしい、と言わんばかりに、伝二郎はわがことのように眉を顰《ひそ》めていた。
十軒店の五月《さつき》人形が、都大路を行く人に、しばし足を留めさせる、四月も十指を余すに近いある日のことだった。
暮れ六つから泣き出した空は、夢中で烏鷺《うろ》を戦わしている両人には容赦《ようしゃ》なく、伝二郎が気がついたころには、それこそ稀有《けう》の大雨となって、盆を覆《くつが》えしたような白い雨脚がさながら槍の穂先きと光って折れよとばかり庭の木立を叩いていた。二人は顔を見合せた。夜も大分更けているらしい。それに、何を言うにもこの雨である。故障《さしつかえ》さえなければ、夜の
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