に腰の物の有無なぞ、わっはっは、最初《はな》から要らぬ詮議じゃわい。」
 伝二郎はまぶしそうに幾度もおじぎをしたなり、近日中の手合わせを約して、丁稚を中間にでも見立てた気か、肩で風を切って、引き取って行った。
 彼は愉快で耐らなかった。玄内のような立派なお侍と、膝突き合わせて語り得ることが、それ自身この上ない誇りであるところへ、先方《むこう》から世の中の区画《くぎり》を打ち破って友達|交際《づきあい》を申し出ているのだから、伝二郎が大得意なのも無理ではなかった。が、なによりも、憎くもあり可愛くもある碁敵が、もう一人めっかったことが彼にとって面白くてならなかったのである。みちみち彼は、さんざん丁稚に威張りちらして、自分と玄内の二人が先日の晩、七人の浪藉者《ろうぜきもの》を手玉に取った経緯《いきさつ》を、「見せたかったな、」を間へ入れては、張り扇の先生そのままに、眼を丸くしている子供へ話して聞かせた。が、誰にも言うな、と口止めすることを忘れなかった。素姓《すじょう》のたしかでない浪人なぞと往来していることが知れたら、自家《いえ》の者が何を言い出すかも解らないと考えたばかりではなく、なにかし
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