たのが七月中旬であったことも彦兵衛は知っていた。それからここへ来るたびに、雨風に打たれて木肌《こはだ》の目《め》が灰色に消えて行くのを睹《み》こそすれ、不思議の因《もと》が洗われたという話は聞かず、新しい犠牲の名が毎まい人の口の端に上るばかりであった。四、五日前にも二人、昨日も昨日とて赤ん坊が一人地に呑まれるように見えずなったという――。
葬式彦兵衛はまたにやり[#「にやり」に傍点]とした。笑いながら歩き出そうとした。その時だった。
「屑屋あい、掴めえろようっ!」
「屑屋さあん、そこへ行く犬ころを押せえて下せえ。」
というあわただしい叫び声を先にしてどっ[#「どっ」に傍点]と数人の近づく跫音がした。彦兵衛は振り返った。悪戯らしい白犬を追って近所の人達が駈けてくる。犬は何か肉片のような物を銜《くわ》えて、一目散に走り過ぎようとした。生魚《なま》の盤台から切身でも盗んだか――彦兵衛はむしろ微笑もうとした。それにしても、続く人々の真剣さがいっそう彼にはおかしかった。
「屑屋っ! 捕めえろっ!」
ただごとではあるまい、と彦兵衛、思ったので、持っていた長箸を抛《ほう》った。それが宙を切って
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