傍点]に準《なぞら》えた六角形の自然石、赤黄色を帯びて多分に燐を含む俗にいう鬼火石であることに平兵衛は気がつかなかった。また、その岩質が非常に脆く、永年土中に在って雨水異物を吸って表面がぼろぼろ[#「ぼろぼろ」に傍点]に朽ち果てたところから、井戸一帯に燐の粉が零《こぼ》れて、それに鬱気《うつき》を生じ、井戸の中、覆《ふた》の石、周りの土までが夜眼にも皓然《こうぜん》と輝き渡っていたその理を、彼は不幸にも弁《わきま》えなかったのだ。
 平兵衛は胆を潰した。無我夢中で死骸を投り込むと、元のとおりに石と土とで井戸を蔽って、その夜は眠られぬままに顫えて明かし、翌日からおりん失踪の件をいと真実《まこと》しやかに触れて歩いた。
 初七日はちょうど精霊迎えだった。その暮方のことだった。釜の火を落していた平兵衛が背後に人気を感じて何心なく振り返ると死んだ女房、古井戸の底に丸くなっているはずのおりんが、額へ三角の紙を当てて、そっくり[#「そっくり」に傍点]白の装束でいつの間にかかいがいしく鮫魚《さめ》の伸《のべ》棒を洗っていた。
 平兵衛は怖ろしいというよりも嬉しかった。衣類《きもの》こそ変れおりんはま
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