んは平兵衛の振り上げた仕事用の砧《きぬた》の下に、未だ生きていたい現世《このよ》に心をのこして去ったのだった。
 驚き慌てた平兵衛、哭き悲しんでみたが、さてどうにもならない。それが、おりんの死体の処理という現実の問題に直面して、彼はいっそう困《こう》じ果てたのであった。
 この時、思い出したのが背戸の古井戸。
 いったい、平兵衛の代になってからいろいろの災厄が磯屋の家へふりかかってきた所以《ゆえん》のものは、一に、先代の死後間もなく彼が誤って掘らしめた暗剣殺に当る背戸口の井戸にあると、自分では固く信じていた。だから方位が悪いと気がつくや否や、大部分出来上った工事を中止させて、家の傍の小路端にあった道六神の石塔を、自身担いで来て、穴を塞ぎ、その上から土を被せてようやく安心したくらいであった。
 ところが、世間の思惑と葬式の資金に困った平兵衛は、気も顛倒していたものとみえて、普段あれほど恐れ戦《おのの》いていたこの水無《みなし》井戸へ、おりんの屍《むくろ》を投げ込もうと決心したのである。
 夜ひそかに土を掘り石を除いた平兵衛を、そこに一つの怪異が待ち構えていた。道六神の石標が六[#「六」に
前へ 次へ
全35ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング