る》の方角、背戸口の暗黒《やみ》に勘次を忍ばせておいて、藤吉は彦を引具し、案内も乞わずにはいり込んだ。
土間の広い仕事場、框《かまち》の高い店、それから奥の居間から小座敷と、たがいに不意の襲撃を警《いまし》めあいながら一巡りしたが、仕事場も住居家も綺麗に片づいて人のいる様子もない。蒲鉾だけは拵えた跡も見えたが、なにもかも洗い潔められて、一日の業の終ったことを語っていた。
「ちぇっ、ずらかったか。」
彦が歯を噛んだ。
「そうさの――や、ありゃあ[#「ありゃあ」に傍点]何だ、あの音!」家の横手に当って軽く地を踏むひびき。
「勘|兄哥《あにい》じゃねえかしら。」
「勘が持場あ外すわけあねえ。」
木枯に鳴る落葉と言おうか、家路を急ぐ瞽女《ごぜ》の杖といおうか、例えば身軽な賊の忍ぶような。
「開けて見べえ。」
内にも忍ぶ二人、抜足差足縁側へ出て、不浄場近い一枚をそう[#「そう」に傍点]っと引いた。
「灯を消せ。」
真の暗黒。
透かして見る。夜は、下から見上げるようにすれば空明りに浮び出て物の姿《かたち》がはっきりする。
「犬だ※[#逆感嘆符、1−9−3][#「※[#逆感嘆符、1−9−
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