かあらぬか、お告者《つげもの》らしい白衣の女が夜な夜な磯屋の戸口を訪れるなぞという噂の尾に尾が生えて、神隠し事件と言い何といい、いつもならそぞろ歩きに賑わうはずのこの町筋も、一刻千金の涼味を捨てて商家は早くも鎧戸を閉《た》て初め、人っ子ひとり影を見せない。
 月の出にも間があろう。軒を掠めてつうい[#「つうい」に傍点]と飛ぶあれは蝙蝠《こうもり》。
 おりんが居なくなってからの平兵衛の変りよう、そこには愛妻を失った悩み以外に何物かが蟠《わだか》まっていはしないか。それから不思議といえばもう一つ。ほかでもない、あれからめっきり蒲鉾の味がよくなって、これが通な人々の間に喧伝され、そろそろ売上げも多くなり、今日日《きょうび》はどうやら片息吐いているから、この分でいけば日ならずして店の調子も立ち直ろうとの取り沙汰。実際、磯屋平兵衛は、稼業にだけは異常な熱と励みをもって没頭しているらしかった。
 高札の下で勘次彦兵衛と落合った釘抜藤吉、これだけ洗い上げて来た二人の話を交《かた》みに聞きながら磯屋の前まで来て見ると、門でもないがなるほど横手に柴折戸《しおりど》がある。そこから暗剣殺は未申《ひつじさ
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