ろから、子飼いの職人から直されて暖簾《のれん》と娘おりんを一度に貰って家業を継いだのだったが材料《たね》の吟味に鑑識《めきき》が足りない故か、それとも釜の仕込みか叩きの工合いか、ともかく、伝来の味がぐっ[#「ぐっ」に傍点]と劣《お》ちてお江戸名物が一つ減ったとは、山葵《わさび》醤油で首を捻り家仲間での一般の評判であった。
 客足がなくなって殖えるのは借銭ばかり、こうなると平兵衛もあわて出した。が、傾いた屋台骨は一朝では直らない。直らないどころか、家が大きければ大きいほどそれだけ倒れも早いというもの。ことに、可愛い女房が、この夏の初めに天狗の餌《えさ》に上ってからというものは平兵衛は別人のようにげっそり[#「げっそり」に傍点]痩せこけて、家の名一つで立てられている町内年寄の勤めにも自ら進んであの高札を出したほか、あまり以前ほどの気乗りも見せず、大勢の雇人にも暇をくれてこのごろはもっぱらひっこみがちだという。
 家運衰退の因《もと》にも、蒲鉾|不持《ふも》てのわけにも、本人としては何か心当りでもあるかして、生来の担ぎ屋が、女房の失踪後は、万事《よろず》につけてまたいっそうの縁起ずくめ。それ
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