ち後を引いてか、当歳から若年増、それも揃いも揃って女ばかりがすでに七人もこの神隠しの犠牲《にえ》に上ったのであった。
 近ごろの新身《あらみ》御供は四日前に二人。安針町の大工の出戻娘お滝と本船町三寸師の娘お久美。お滝は伝通院傍へ用達しに行った帰途を伝馬町で見かけた知人があるというきり、お久美坊は酒買いに出たまんまとんと行方が知れない。お滝は二十五、お久美は十三だった。
 昨日浚われた嬰児《あかご》はお鈴と言って、土用の入りに生れたばかり、子守をつけて伊勢町河岸の材木場へ遊びに出しておいたのが、物の小半時もして子守独りがぼんやり帰って来たから不審に思って訊き質すと、ちょっと赤児を積材の上へ寝かし河岸で小用を足して帰って見るともうなかったというのでただちに大騒ぎして捜したが元よりそこらに転がっていべき道理もない。
 これらの話を安針町裏店の井戸端で聞き込んで来たと彦兵衛が言った時、藤吉は、
「井戸?」
 と何か気になるような様子だったが、
「二十五に二十五に十三に一つ――か。」としばらく考え込んで、「女の頬にこの呪文――お、そりゃあそうと、あの高札のこったがの、あんなべら[#「べら」に傍点]棒な物を立てやがった張本人はいったいどこのどなた様だか、彦、御苦労だがお前ちょっと嗅《け》いで来てくんろ。」
「へえ。だがなんでも町年寄だと――。」
「おおさ、その年寄に俺あちっとべえ知りてえことがあるんだ。」
 彦兵衛は腰を浮かせた。
「勘。」と藤吉は振向きもせずに「われも行け。」
「ようがす。」
 と、
「惑信《わくしん》!」
 呻くように藤吉が言った。
「え?」
 二人は振り返る。またしても、
「惑信!」
「何とかおっしぇえましたかえ?」
「うんにゃ、よくあるやつよ。こりゃあどうも惑信沙汰に違えねえて。」と半ば独言のように藤吉は憮然として、「今日は酉《とり》だのう?」
「へえ――山の神には海の神、おおそれありや。へんかたじけねえや、だ。」
「それだってことよ彦! あの界隈に巫女《いちこ》あいねえか。」
「いちこ[#「いちこ」に傍点]?」
「口寄《くちよせ》よ。」
「知りやせん。」
「物あついでだ、当って来べえぞ。」
「へえ、せいぜい小突いて参りやしょう。」
「うん、日暮前にゃ俺らも面《つら》あ出すから、眼鼻がついても帰ってくるな――勘、われもちったあ身入れろい、なんだ、大飯ばかり喰《くれ》えやがって。」

      三

「二十五に二十五に十三に一つ――当歳から若年増。」
 藤吉は庭へ唾を吐いた。畳に転がっている女の頬を見たからである。
 摘み上げて嗅いでみたが、臭気《におい》もしない。額半分から左頬へかけての皮膚、ふっくら[#「ふっくら」に傍点]した耳、頭髪と小鬢がもうしわけほど付いているその裏には肉少しと凝《こ》り血がぶら[#「ぶら」に傍点]下っているだけで、古い新しいの見当も立たなければ何でどうして切ったものか、それさえからきしわからない。洗ったように綺麗で、砂一つついていない。古い物なら腐ってもいようし、色も少しは変っていよう。新《あら》なら新でまたその徴《しるし》があるはず。とにかく、犬奴が土中から掘り出したものではあるまい、とすれば――?
 藤吉は寒毛を感じた。衣桁《えこう》から単衣《ひとえ》を外して三尺を伊達に結ぶと、名ばかりの仏壇へ頬片を供えて火打ちを切ってお燈明を上げた。折れた線香からも結構煙は昇る。
 藤吉は茶の間へ坐った。
「閻魔法王五道冥官、天の神地の神、家の内では――。」
 と膝の上の巫女《みこ》の文をここまで読み下して、藤吉は鼻を擦《こす》った。畳のけばをむしった。深く勘考する時の習癖《くせ》である。
 惑信と言えばまず家の方位だ。その凶は暗剣殺で未申《ひつじさる》――西南――の方、これを本命《ほんめい》二黒土星で見れば未申は八白の土星に当るから坤《こん》となる。卦からいうと坤為《こんい》[#レ]地《ち》といってこの坤という字は土である。家の暗剣殺の土とは、門の西南の地面という意《こころ》であろう。坤はまた乾坤《けんこん》の坤で、陰のあらわれすなわち婦女《おんな》という義になるから、ここで門内西南の地に女ありと考えなければならない。
 今日は酉年の酉の日だ。日柄は仏滅|定《さだん》。六曜星が仏滅でこれは万大《よろず》凶を示しているが、十二直の定はすべて決着《きまり》をつくるに吉とある。家を護る土公神はというと、春は竈、夏は門、秋は井《いど》、冬は庭にありというから、夏から秋口へ向うこのごろのこと、まず門と井戸とに見当《あたり》をつけておきたい。これで家に門と井戸とがあって、その門の西南に女がいるということになった。
 近ごろめっきり白髪の殖えた材木屋風の髷を藤吉はしきりに捻る。
 嬰児《あかご》お鈴は今年生れ
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