立てて、早《はや》くもけち[#「けち」に傍点]をつけにかからんず模様、さらぬだに口性《くちさが》ない江戸の雀、近江屋はやっきになり出したが、それにもましてお艶は腕、いや、口に縒《よ》りをかけてあらぬ鬱憤を洩らし始めるという、茲元《ここもと》片《かた》や近江屋片やお艶のまたとない取組となったある日のこと――。
 そのある日、湯島の方へ用達《ようたし》に行った帰途《かえり》を近江屋の前へ差しかかったのが、八丁堀に朱総を預る合点長屋の釘抜藤吉、いきなり横合から飛び出して藍微塵《あいみじん》の袖を掴んだのは、言わずと知れたお茶漬音頭で時めくお艶、
「あれ見しゃんせ。この近江屋さんは妾《あたき》の店でござんす――。」
 言いかけたお艶の顔を、藤吉は笠を撥ね上げてじいっと見据えた。と、どうしたものかお艶は後を濁して藤吉の袖を放すと、折柄来かかったお店者らしい一人へ歩を寄せて、
「あれ、見しゃんせ――。」
 と始めたが、このことあって以来、藤吉親分はお艶の狂気ぶりへそれとなく眼を光らせるようになって行った。
 あれから旬日、その間に勘弁勘次に葬式彦兵衛の二人の乾児が尾けたり巻かれたり叩いたり、洗える
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング