ら地所まで全部《そっくり》抜いて奪《と》られました。はあ、妾《あたき》の爺様の代に此店《ここ》の先代という人にうまうま[#「うまうま」に傍点]一杯|欺《は》められて――ああ口惜しい、口惜しいっ! お返し! お寄越し! 盗人! 詐偽師《かたり》っ! お返しったらお返し! お店からお顧客《とくい》までそのままつけて返すがいいのさ。あれ、よしこのなんだえ、お茶漬さらさら、ほほほほほ。」
後は朗かな唄声に変って、うらみ数え日、とまたも始める――。
こうなると抛擲ってはおかれない。まず最初《まっさき》に騒ぎ出したのが、お艶の話に出て来る当の先代なる近江屋の隠居であった。さんざん考えあぐんだ末生易しい兵法ではいけないと見て、お艶の影を認め次第|飛礫《つぶて》の雨を降らせるようにと番頭小僧へ厳命を下しておいたが、その結果は、小石の集まる真ん中でお艶をして唯一得意の「お茶漬さらさら[#「さらさら」に傍点]」をやらせるに止まり、顕《げん》の見えないことおびただしかった。
近江屋にしたところで商売仇もあれば憎み手もある。この、根も葉もない狂女の言い草にさえ、火のないところに煙は立たぬとかなんとか取り
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