だけのことは洗って来たが、今宵の名月を機《しお》に今度こそは居所なりと突き留めようと、さてこそ、彦兵衛が奥の手は「お後嗅ぎ嗅ぎ」流の忍びの尾行となったのだった。
 明けを急ぐか、夏の夜は早く更ける。お茶漬音頭の流しも消えて、どこかの軒に入れ忘れた風鈴が鳴るころ、河を距てた寝呆け稲荷の方に当ってけんとん[#「けんとん」に傍点]売りの呼び声が微風に靡いていた。
「親分え――お、勘兄哥もか。」
 彦兵衛が帰って来た。縁台を離れて藤吉も溝板の上にうずくまった。三人首を鳩《あつ》めて低声の話に移った。その話がすんだ時、
「やるべえ!」
 藤吉が立ち上った。
「おうさ、当るだきゃあ当って見やしょう。」
 二人も起った。十三夜は満ちて間もない。その月が澄めば澄むほど、物の陰は暗くもなろう。真黒な三つの塊りが川の字形に跡を踏んで丑寅《うしとら》の角へ動いて行ったのは、あれで、かれこれ九つに近かった。
「通う千鳥の淡路島、忍ぶこの身の夜を込めて――。」
 背後《うしろ》の影が唸った。前なる影が振り向いた。
「勘、われ[#「われ」に傍点]あ常から口が多いぞ。」
「へい。」

      二

 鮨町を細川
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