わ》ぎの好きな下町の人びとの間に、声を聞かざるは三代の恥、姿を見ざるは七代の不運なぞと言い囃《はや》され、美人番付の小結どころに挙げられるほどの持て方となった。
 正月のある夕ぐれ、ふら[#「ふら」に傍点]っと亀島町の薬種問屋近江屋の前に立って、鈴を振るような声で例のよしこの[#「よしこの」に傍点]くずしを唄い出したというだけで、はたしてどこから来てどこへ帰るのか、またはどういう身分の女がなにが動機《もと》でこうも浅間しく気が狂ったのか、それらのことはいっさいわからなかった。わからないから謎とされ、謎となっては頼まれもしないに解いて見しょうという者の飛び出してくるのは、これは当然《あたりまえ》。それかあらぬか、地の女好きにこの探索《さぐり》の心が手伝って、町内の若い者が三、四人、毎夜のように交替《かわりあ》って近江屋の前からお艶の後を尾《つ》けつけしたが、本八丁堀を戌亥《いぬい》へ突っ切って正覚橋を渡り終ると、先へ行くお艶の姿が掻き消すように消えて失くなるという怪談じみた報告《しらせ》を齎して、皆しょんぼり[#「しょんぼり」に傍点]空手《からて》で帰るのが落ちだった。
 するとまた、あ
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