の痛《いた》事はけえって気つけかもしれねえが、当方《こちとら》あその贋元《にせげん》にちょっと心当りがあろうというもの――。」
「親分、ここだ!」
 彦兵衛が立ち停まった。三十間堀へ出ようとする紀の国橋の畔、なるほど、寝呆け稲荷の裏に当って、見る影もない三軒長屋、端の流元《ながしもと》から損《こわ》れ行燈の灯がちらちら[#「ちらちら」に傍点]と――。
 御用の声が間もなく近隣の熟睡《うまい》を破った。やがて月光の下に引き出された男女二人、男は浪人者の居合抜き唐箕嘉《とうみのか》十|郎《ろう》、額部《ひたい》へ受けた十手の傷から血が滴って、これが久兵衛に突き合わされた時、さすがの因業親爺、顫え上って元七に化けた男に相違ござりませぬと証言した。女は嘉十郎妻お高、と言うよりはお茶漬音頭で先刻馴染の狂女お艶、足拵えも厳重に今や二人は高飛びの間際《まぎわ》であった。五百両はそっくりそのまま久兵衛の手に返った。
「お茶漬さらさら[#「さらさら」に傍点]か。ても[#「ても」に傍点]うまく巧んだもんさのう。」
 番屋へ揚げてから、藤吉はこう言ってお艶、いや、お高の顔を覗き込んだ。
「ほほほほ、まあ、親
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