分さんのお人の悪い!」
お高は笑った。嘉十郎は苦い顔して黙りこくっていた。
さても長い芝居ではあった。見込まれた近江屋と因業久兵衛の弱り目はさることながら、狂気の真似をし通したお高の根気《こんき》、役者も下座も粒の揃った納涼狂言《すずみきょうげん》、十両からは笠の台が飛ぶと言われたその当時、九カ月あまりに五百両は、もし最終《どんじり》まで漕ぎつけえたら、瘠浪人の書き下し、なにはさて措き、近ごろ見物の大舞台であった。
月は落ちて明けの七つ。
伊達若狭守殿の控邸について、帰路《かえり》を急ぐ親分乾児、早い一番鶏の声が軽子河岸《かるこがし》の朝焼けに吸われて行った。
突然、葬式彦が嗄声《かれごえ》揚《あ》げて唄い出した。
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「女だてらに
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お茶漬け一|杯《ぺえ》
浮世さらさら
流そとしたが
お尻《けつ》が割れては
茶漬どころじゃないわいな」
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先へ立つ釘抜藤吉、その顔が笑みに崩れた。と、とてつもない勘次の銅鑼声《どらごえ》が彦兵衛に和して、朝の街を揺るがすばかりに響き渡った。
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「あれ、よし
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