には解りませんが、私はたしかに近江屋の元七――。」
と言いかける番頭を手で黙らした藤吉は、一歩進んで久兵衛を睨《ね》めつけ、
「応さ、違わなくてか。お前さんとこへ出向いた元七は、寸の伸びた顔《そっぽ》に切れ長の細え眼――。」
「大柄で色の黒い――。」
「それだ、それだ!」
勘次と彦兵衛が背後《うしろ》から合わせる。藤吉はにっこり笑って、
「まあさ、ええやな、それよりゃあ久兵衛さん、その証文てのをお出しなせえ。」
「でも、これと引換えに七百両――。」
「やいやい、まだ眼が覚めねえか。さ、出せと言ったら綺麗に出しな。」
出し渋るところをひったくった藤吉、燈に透かして眺めれば、これは見事なお家流の女文字。
「ええと、」と藤吉は読み上げた。「一札入申候証文之事《いっさついれもうしそうろうしょうもんのこと》、私儀御当家様とは何の縁びきも無之《これなく》、爾今|門立小唄《かどだちこうた》その他御迷惑と相成可一切事《あいなるべきいっさいのこと》堅く御遠慮申上候、若し破約に於ては御公儀へ出訴なされ候も夢々お恨申す間敷《まじく》、後日のため覚書の事|依如件《よってくだんのごとし》、近江屋さま、つや
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