前が面あ出さずば納まりゃ着くめえ。俺がいるんだ、安心打って、入れてやれってことよ。」
この言葉が終らないうちに、男は何思ったかやにわに逃げ出した。こんなこともあろうかと待ち伏せしていた勘弁勘次、退路を取って抱き竦め、忌応《いやおう》なしに引き戻せば、男はじたばた[#「じたばた」に傍点]暴れながら、
「儂はただ、頼まれただけ、両方に泣きつかれて板挾みになったばかり、苦しい、痛いっ、これさ、何をする!」
「合点長屋の親分さんで?」と中からは元七が戸を引き引き、
「どうもこの節は御浪人衆のお働きがいっち[#「いっち」に傍点]強《きつ》うごわすから、戸を開ける一拍子に、これ町人、身共は尊王の志を立てて資金調達に腐心致す者じゃが、なんてことになっちゃあ実《じつ》もっておたまり小法師《こぼし》もありませんので、つい失礼――さあ、開きました。さ、ま、どうぞこれへ。」
早速の機転で小僧が点《つ》けて出す裸か蝋燭、その光りを正面《まとも》に食って、勘次に押えられた因業家主の大家久兵衛、眼をぱちくり[#「ぱちくり」に傍点]させて我鳴り出した。
「違う、異う、この元七とは元七が違う!」
「何が何だか手前
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