傍点]旗本の一のお妾《てかけ》さんだが、殿の乱行を苦に病んでああもお痛わしく気が触れなすったなどと真実《まこと》しやかに言い立てる者もあれば、何さ、札《ふだ》の辻《つじ》辺りの煙草屋の看板娘が情夫《おとこ》に瞞されたあげくの果てでげす、世の娘にはいい見せしめでげす、なんかと斜に片付けて納まり返るしったかぶりもあったが、そんな詮議は二の次としても、何からどうして近江屋へこんな因縁をつけるようになったのか、これも狂気の気紛れと断じてしまえばそれまでだが事実《まこと》近江屋には背《うしろ》めたい筋合は一つもないのだから、狂女の妄念というのほかはないものの、それにしてもこうしつこく立たれては仏の顔も三度まで、第一客足にも障ろうというもの――海老床の腰高障子《こしだか》へ隠居が蝦の跳ねている図を絵いてから、合点長屋と近江屋とは髪結甚八を通して相当|昵懇《じっこん》の仲、そこで近江屋から使者《つかい》が立って、藤吉親分へ事を分けての願掛けとなった次第、頼まれなくてもここは一つ釘抜の出幕だ、親分さっそく、
「ようがす。ほまち[#「ほまち」に傍点]に白眼《にら》んどきやしょう。」
と大きく頷首いて、
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