らく骨を折らされましたて。が、まあ、とどの詰り、お申入れの一札を書かせましてな、はい、これこのとおりお約言《やくげん》の子《ね》に持って参じましたから――ま、ちょっとこの戸をお開けなすって。」
「何でございますか手前共にはいっこうお話がわかりませんですが――。」
「え?」
「何の事やら皆目《かいもく》、へい。」
「げ、元七どん、しらばくれちゃいけませんよ。老人《としより》は真にする。冗談は抜きだ。」
「ええ念のため申し上げます。当家《こちら》は生薬の近江屋でござい――。」
「ささ、その近江屋さんから今日の午下りに大番頭の元七さんが見えて――。」
「元七と言えば手前でございますが、お店《たな》に唐から着荷があって、今日は手前、朝から一歩も屋外へは踏み出しませんが。」
「えっ、それでは、あの――。」
「何かのお考え違いではございませんか。」
「あっ!」
と叫んで、男が地団太《じだんだ》踏んだその刹那、程近い闇黒《やみ》の奥から太い声がした。
「元どん、開けてやんな。」
「だ、誰だっ?」
「どなた?」
内と外から番頭と男の声が重なる。
「八丁堀だ。」と出て来た藤吉。「釘抜だよ。元さん、お前が面あ出さずば納まりゃ着くめえ。俺がいるんだ、安心打って、入れてやれってことよ。」
この言葉が終らないうちに、男は何思ったかやにわに逃げ出した。こんなこともあろうかと待ち伏せしていた勘弁勘次、退路を取って抱き竦め、忌応《いやおう》なしに引き戻せば、男はじたばた[#「じたばた」に傍点]暴れながら、
「儂はただ、頼まれただけ、両方に泣きつかれて板挾みになったばかり、苦しい、痛いっ、これさ、何をする!」
「合点長屋の親分さんで?」と中からは元七が戸を引き引き、
「どうもこの節は御浪人衆のお働きがいっち[#「いっち」に傍点]強《きつ》うごわすから、戸を開ける一拍子に、これ町人、身共は尊王の志を立てて資金調達に腐心致す者じゃが、なんてことになっちゃあ実《じつ》もっておたまり小法師《こぼし》もありませんので、つい失礼――さあ、開きました。さ、ま、どうぞこれへ。」
早速の機転で小僧が点《つ》けて出す裸か蝋燭、その光りを正面《まとも》に食って、勘次に押えられた因業家主の大家久兵衛、眼をぱちくり[#「ぱちくり」に傍点]させて我鳴り出した。
「違う、異う、この元七とは元七が違う!」
「何が何だか手前
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