出して藤吉の膝を抱かんばかりに、
「だ、旦那、聞いて下せえ!」
「なななんだ、何だよう。」
「聞いて下せえ。」
 と叫びざま、眼の色変えた与惣次は押えるような手付きをした。
「落ち着け。何だ。」
 戸外を背にして早口に話し出す与惣次、その前面に胡坐《あぐら》をかいた藤吉親分、暮れやらぬ表の色を眺めながら、上《あが》り框《がまち》に腰掛けた勘弁勘次は、掌へ吹いた火玉を無心一心に転がしていた。

      二

 成田の祇園会《ぎおんえ》を八日で切上げ九日を大手住《おおてずみ》の宿《しゅく》の親類方で遊び呆《ほう》けた小物師の与惣次が、商売道具を振分《ふりわけ》にして掃部《かもん》の宿へかかったのは昨十日そぼそぼ[#「そぼそぼ」に傍点]暮れ、丑紅《うしべに》のような夕焼けが見渡すかぎりの田の面に映えて、くっきりと黒い影を投げる往還筋の松の梢に、油蝉の音が白雨《ゆうだち》のようだった。
 朝までには八丁堀へ帰り着き中一日骨を休め、十一日にはまた家を出て十二日の王子の槍祭になんとしても一儲けしなくてはと、与惣次はひたすら路を急いでいた。
 河原を過ぎて大川、山王権現の森を左に望むころから、一
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング