縁へ切れて次郎兵衛店、小物師与惣次の家の前に立つと、ちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と格子が開いて人の居る気勢《けはい》。藤吉が振り返ると勘次は眼をぱちくり[#「ぱちくり」に傍点]させて頭をかいた。
 来たものだから念のため、
「御免なせえ、与惣さん宅かえ?」
「――――」
「与惣《よさ》さん。」
「は、はい。」
 という籠った返事。藤吉は勘次を白眼《にら》む。
「そら見ろ。」
 勘次はまた頭をかいた。と、
「どなたですい?」と家内《なか》から。
「あっしだ、合点長屋だ。どうしたえ?」
「へ? へえ。」
「瘧《おこり》か。」
「へえ、いえ、その、なんです――。」
「何だ。上るぜ。」
「さ、ま、なにとぞ。」
 ずい[#「ずい」に傍点]と通った藤吉、見廻すまでもなく一間きりの部屋に、油染みた煎餅蒲団を被って与惣次が寝ている。
「おうっ、この暑さになんだってそう潜ってるんだ?」
 近寄って見下ろす枕もと、夜着の下からちら[#「ちら」に傍点]と覗いたは、これはまた青々とした坊主頭!
「ややっ、与惣、丸めたな、お前。」
 聞くより早く掻巻《かいまき》を蹴って起き上った小物師与惣次、床の上から乗り
前へ 次へ
全25ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング