もどもまた激しく戸を打ったが、何の応《いら》えもない。業《ごう》を煮やした小太郎は舌打ちして行ってしまった。ただこれだけの事件《こと》ではあるが、いそうで開けないのを不審と白眼《にら》めば臭くもある。
「ついそこだ、親分、ちょっと出張って検てやっておくんなせえ。あっし[#「あっし」に傍点]ゃや[#「や」に傍点]に気になってね、どういうもんだかいても立ってもいられねえんだ。」
「莫迦っ。」藤吉が呶鳴った。「寝込んででもいるべえさ。が、奴、待てよ。」と思い返したらしく、
「どこでも叩きゃあちったあ埃りが立とうというもの。なにも胸晴《むなばら》しだ、勘の字、われも来るか。」
勘弁勘次と並んでぶらり[#「ぶらり」に傍点]と合点小路を立出でた釘抜藤吉、先日来の富五郎捜しで元乾児の影法師三吉に今度ばかりは先手を打たれたこと、おまけに途端場《どたんば》へ来て死人に足でも生えたかしてまたしても御用筋が思わぬどじ[#「どじ」に傍点]を踏んだこと、これらが種となって、一脈の穏やかならぬものがその胸底を往来していたのも無理ではなかった。
稲荷の小橋を右手に見て先が幸い水谷町、その手前の八丁堀五丁目を河岸
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