勘次も朝夕顔を見れば天気の挨拶位は交す仲だった。
 土地から蝋燭代を貰って景気を助《す》けに出る棟梁株《あたまかぶ》の縁日商人に五種あって、これを小物、三寸、転び、ぼく、引張《ひっぱり》とする。小物とは大傘を拡げかけてその下で駄菓子飴細工の類を売る者、三寸とは組立屋台を引いて来て帰りには畳んで行く者、転びとは大道へ蓙《ござ》を敷いて商品を並べるもの、ぼく[#「ぼく」に傍点]というのは植木屋、引張とあるは香具師《やし》のことである。与惣次はこの小物師であった。
 今のさき、湯帰りの勘次がこの与惣次の家の前を通ると、神田の小太郎がしきりに雨戸を叩いている。立話しながら訊いてみると、明日の王子神社の槍祭を当て込み、今日の暮方に発足して夜通し徒歩《てく》ろうという約束があって、仲間同士のよしみから廻り道して誘いに寄ったという。見ると板戸は閉切《たてき》ってあるものの内側《うち》から心張《しんばり》がかかっている様子がまんざら無人とは思われない。朝ならともかく午下りも老いたころ、ついぞないことなばかりか、用意洩れなく準《ととの》えて待ち受けていべきはずの与惣次が――? 小太郎は首を捻って、勘次と
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