人の若い女が後になり前になり自分を尾けているのに、与惣次は気が付いたのである。町家の新造のような、それでいて寺侍の内所《ないしょ》のようなちょっと為体の知れない風俗《つくり》だったが、どっちにしてもあまり裕福な生活の者とは踏めなかった。それが、さして気にも留めずに歩いていた与惣次も、中村町へはいろうとする月桂寺《げっけいじ》の前で背後から呼ぶ声に振り向いた時には、世にも稀なその女の美貌にまず驚いたのだった。
女は道に迷っていた。三川島へ出る道を中腰を屈めて訊く白い襟足、軽い浮気心も手伝ってか、与惣次はきさく[#「きさく」に傍点]に呑み込んで、
「ようがす。送って進ぜやしょう。」
とばかり、天王の生垣に沿うて金杉下町、真光寺の横から町屋村の方へ、彼は女を伴れて九十九折《つづらおり》に曲って行った。
水田続きに寮まがいの控屋敷が多い。石川|日向《ひゅうが》様は横に長くて、この一構が通りを距てて宗対馬守《そうつしまのかみ》と大関|信濃守《しなののかみ》の二棟に当る。出外れると加藤|大蔵《おおくら》、それから先は畦のような一本路が観音《かんのん》浄正《じょうしょう》の二山へ走って、三川島
前へ
次へ
全25ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング