並ぶ街道に彼はひとり立っていた。眼隠していたものと見えて、足許に古手拭が落ちている。衣類荷物身体の工合い、何の異状もない。
魚売り担《かつぎ》八百屋、仕事に出るらしい大工左官、近所の女子供からさては店屋の番頭小僧まで、総出の形で遠く近く与惣次を取り巻いた。
鳥越へ一伸《ひとの》しという山谷の町であった。皆口々に囁き合って、与惣次の頭部を指して笑っていた。手をやってみると頭は栗々坊主だった、一夜のうちに綺麗に剃られていた。
恥かしくなった与惣次がやにわに駈け出そうとすると、重い袱紗《ふくさ》包みが懐中から抜け落ちた。拾って開けると小判が五両に添手紙一封。狂気のように真一文字に自家に帰った与惣次、何が何やらわからぬ中にも怪我と失物《うせもの》のないのを悦び、金子と手紙は枕の下へ押し込んで、今度こそは真実《ほんと》に死んだようにぐっすり[#「ぐっすり」に傍点]眠り、ちょうど今眼が覚めて表戸を開けたところだという。――
与惣次は仮名すら読めなかった。
「旦那、ここにあります。金五両に件の状、へえ、このとおり。」
長話を済ました与惣次は、こう言って藤吉の前へ袱紗包みを投げ出した。戸口か
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