ならぬのと、犬の声の物凄さが、岡っ引彦兵衛の頭へまず不審の種を播いたのである。
 手頃の礫《こいし》を拾い集めた彦兵衛は、露草を踏んで近づきながら石を抛って烏と犬とを一緒に追い、随全寺の石垣下へ検分に行った。
 そこに、夜来の雨に濡れて、女の屍骸が仰向けに倒れていた。が、彦兵衛は眉一つ動かさなかった。溝の傍に雪駄《せった》の切端しを見つけた時のように、手にした竹箸で女の身体を突ついてみた後、彼は籠を下ろして犬のようにしばらくそこら中を嗅ぎ廻った。そして屍骸の足許の草の根に、何やら小さい光ったものを見出すと、それを大事に腹掛の丼《どんぶり》の底へ納い込んでから、ちょうど横町を通りかかった煮豆屋を頼んで片門前町の目明し提灯屋亥之吉方へ注進させ、自分は半纏の裾を捲って屍骸の横へしゃがんだまま、改めてまじまじ[#「まじまじ」に傍点]と女とその周囲の様子へ注意を向けた。
 咽喉を刳《えぐ》られて女は死んでいる。自害でないことは傷口が内部へ向って切り込んでいるのと、現場に何一つ刃物の落ちていないこととで、彦兵衛にも一眼でわかった。もし自刃ならば、切物を外部《そと》へ向けて横差しに通しておいて前へ掻
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