もりで拡げてある家並裏の蛇の目に、絹糸のような春小雨の煙るともなく注いでいるのを、眇《すがめ》の気味のある眼で見て通りながら、少し遅れて藤吉は途々彦兵衛の話に耳を傾けた。青蛙が一匹、そそくさと河岸の柳の根へ隠れる。奥平大膳殿屋敷の近くから、脇坂淡路守の土塀に沿うて、いつしか三人は芝口を源助町《げんすけちょう》の本街道へ出ていた。
 芝へ入って宇田川町、昨夜の八つ半ごろから降り続けた小雨も上りかけて、正午近い陽の目が千切れ雲の隙間を洩れる。と、この時、急足に背後から来て藤吉彦兵衛の傍を駈け抜けて行った折助一人――手に小さな風呂敷包みを持っている。
「勘。」
 藤吉が呼んだ。
「なんですい?」
 振り向く勘次、その折助とぴったり顔が会った。それを、男は逃げるように掻い潜って行く。
「見たか?」と藤吉。
「見やしたよ。」と勘次は眉を顰《しか》めて、「紛《まぎ》れもねえ先刻の癩病人《かってえぼう》だ。ぺっ、勘弁ならねえや。」
 すると、藤吉が静かに言った。
「面をよく記憶《おぼ》えとけよ、勘。」
「あの野郎は何かの係合いですけえ?」
 彦兵衛が訊いた。
「何さ。為体の知れねえ瘡《かさ》っかきだ
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