のお声もねえのに渡りをつけずにゃ飛び込めめえ。」
「ところが親分。」と彦兵衛はごくり[#「ごくり」に傍点]と一つ唾を飲み込んで、「その亥之公の願筋《がんすじ》であっし[#「あっし」に傍点]がこうしてお迎えに――。」
「来たってえのか?」
「あい。」
「仏は?」
「新《あら》も新、四時《よとき》ばかりの――。」
「うん。現場は?」
「提灯屋の手付きで固めてごぜえます。」
「よし。」と釘抜藤吉が立ち上った。五尺そこそこの身体に土佐犬のような剽悍《ひょうかん》さが溢れて、鳩尾《みぞおち》の釘抜の刺青が袷《あわせ》の襟下から松葉のようにちらと見える。
「常さん、お聞きのとおり、この雨降りに引っ張り出しに来やがったよ。ま、勝負はお預けとしときやしょう――やい、奴」と軽く足許の勘次を蹴って、「一っ走りして長屋から傘を持ってこい。」
二
「酒《ささ》がこうしてついそれなりに、雑魚寝《ざこね》の枕《まくら》仮初《かりそめ》の、おや好かねえ暁《あけ》の鐘――。」
神田の伯母からふんだくった一枚看板と、この舞台《いた》についた出語りとで、勘次は先に立って三十間堀を拾って行った。
乾すつ
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