をぱちくり[#「ぱちくり」に傍点]させて勘次は黙った。
「ちったあ噛んだか。」と藤吉が訊く。
「なあに。」
 手の甲の傷を舐めて勘次は笑った。
「番屋じゃあ引っ叩いて来たか。」
「へえ、あっさりとね。だが、親分、先様《さきさま》あ真悪《ほんわる》だ、すぐと恐れ入りやしたよ。へえ、あんまり骨を折らせずにね。」
「でかした。」
 と一言いった藤吉は、さっさ[#「さっさ」に傍点]と戸外へ歩き出しながら、「昨夜、寺の門の傍でお新を待伏せ、坊さんとの手切れ話を持ち出したがお新がうん[#「うん」に傍点]と言わねえので、坊さんをつれ出しに庫裏へはいりこんだものの、闇黒《くらがり》で庖丁《ほうちょう》を掴んで気が変ったと吐かしたか。」
「へえ、そのとおりで。それから――。」
「それから先は見たきり雀よ。なあ、墓でお新に引導渡し――。」
「ええっ!」
 提灯屋始め、佐平も彦兵衛も愕然として藤吉の背後《うしろ》姿を凝視めた。藤吉は振り返って、
「その癩病人てえのがお新女郎の情夫よ――森元町の他に新仏《にいぼとけ》がもう一つ、いやさ、二つかも知れねえ。佐平どん、お忙しいこったのう。」
 火消しの一人があたふ
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