げて来た無頼漢《ならずもの》の情夫《まぶ》を心から怖がっていたからであったという。その男が、今日このごろはいっそう兇暴になって、随全寺の一件なぞを嫉妬《やっかみ》出《だ》し、毎日のように付け廻しては同棲を迫るが、自分はもうあんな男にはこりごりだと、いつかも寝物語に所化へ洩したとのこと。
昨夜も昨夜とて和尚の留守を幸い、寺男佐平の手引きで忍んで来る手筈になっていたが――。
「それがまあ、こんなことになろうとは――。」
僧は眼に涙を浮べて手の数珠を爪探《まさぐ》った。
「お葬えはお手のもんだ。まあ、せいぜい菩提《ぼでえ》を――と、それよりゃあ、のう、佐平どんとやら、お寺に昨夜紛失物がありやしたのう?」
提灯屋に小突かれて、佐平は黙って頷首いた。声も出ないとみえる。
「盗人がはいったのけえ?」
佐平は首を縦に振った。
「締りを忘れたな?」
佐平は頭を下げた。
「盗られた物を当てて見しょうか――菜切りだろう、え、おう、菜葉庖丁だろう。」
「へえ。」
と佐平が答えた時、山王旅所へ近い亀島町の薬種問屋近江屋へ使いに行った葬式彦が、跫音もなく帰って来た。
「現場で聞いたら親分はこの寺にい
前へ
次へ
全28ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング