らつ》として傍らの彦兵衛の肘を掴むと、
「のう、彦、大の男がこの界隈から一時あまりで往復《いきけえ》りのできる丑寅の方と言やあ、ま、どの辺だろうのう?」
「急いでけえ?」
「うん。」
「丑寅の方角なら山王旅所《さんのうたびしょ》じゃげえせんか。」
「てえと、亀島町は――。」
「眼と鼻の間。」
「やい、彦、手前亀島町の近江屋まで走って――。」
と何やら吹込んだ藤吉の魂胆。頷首《うなず》きながら聞き終った彦兵衛は、
「委細合点承知之助。」
ぶらり[#「ぶらり」に傍点]と歩き出す。
「屑っ籠は置いてけよ。」
茶化し半分に追いかけてどなる勘次を、
「勘、無駄口叩かずと尾いて来いっ。」
と、藤吉は飛鳥のごとくやにわに随全寺の崩れ石垣を攀登《よじのぼ》った。遅れじと勘次が続こうとすると、
「親分、親分の前だが、寺内のお手入れだけは見合せて下せえ。寺社奉行の支配へ町方が――。」
町役人の重立《おもだち》が、こう言って同心手付の方へ気を兼ねながら、心配そうに藤吉を見上げた。が、
「花を見る分にゃあ寺内だろうとどこだろうといっこう差支えごぜえますめえ。」
とすまし込んだ藤吉は、木の下へ立って
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