差し入れて土を撫でた藤吉は、すぐその手で足許の大地を擦って湿りを較べているらしかったが、つ[#「つ」に傍点]と顔を上げた時には、すでに、八方睨みといわれたその眼に持って生れた豁達《かったつ》さが返っていた。
「小物は小物だが匕首じゃねえぞ。」誰にともなく彼は呻いた。
「出刃でもねえ。菜切りだ、菜切庖丁だ。人を殺すに菜葉切りのほかに刃物のねえような、こう彦、手前に訊くが、精進場はどこだ、え、こう?」
「へへへ。」彦兵衛は笑った。「寺さあね。」
「図星だ。」
藤吉も微笑んだ。一同は驚いた。そして、次の瞬間には、申し合せたように石垣を越えて随全寺の瓦屋根へ視線を送った。烏の群が空低く鳶に追われているその下に、石垣の端近く、羽毛のような葉をした喬木《きょうぼく》に黄色い小さな花が雨に打たれて今を盛りと咲き誇っているのが、射るように釘抜藤吉の眼に映った。
説明を求めるように人々がぐるり[#「ぐるり」に傍点]と彼の身辺に輪を画いた後までも、藤吉の眼は凍りついたようにその黄色い花から離れなかった。と、やがて、低い独語が、
「いやさ――寺でもねえ。」
と藤吉の唇を衝いて出たが、にわかに溌剌《はつ
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