いかけたが、大声で背後の若者へ、
「なあ、おい、それに違えねえなあ。」
「俺あちょっと前を通っただけだが、どうもあの姐さんにそっくり[#「そっくり」に傍点]だ。」
 若者は仏頂面《ぶっちょうづら》で答えた。藤吉は化石したように突っ立ったきり――人々はその顔を見守る。
「色恋沙汰ってところがまず動かねえ目安でげしょう?」
 と提灯屋が再び沈黙を破った。
「――――」
「心中の片割れじゃごわせんか。」
「――――」
「物盗りじゃありますめえの?」
「――――」
 口をへ[#「へ」に傍点]の字に結んで、藤吉は眼を開こうともしない。提灯屋も黙り込んで終った。と、うっとりと眼を開けた藤吉は、忘れ物をした子供のように屍体の周りを見廻していたが、
「履物は? 仏の履物は?」
「へえ、ここにごぜえます。」
 町役人手付の一人がうろたえて取り出して見せる黒塗の日和《ひより》へ、藤吉はちら[#「ちら」に傍点]と眼をやっただけで、
「雨あ夜中の八つ半から降りやしたのう?」
「へえ。」誰かが応ずる。
「勘。」と、藤吉がどなった。「手を貸せ。」
 勘次が屍骸を動かすのを待ちかねたように、女の背中と腰の真下へ手を
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング