に三カ所、右の手に二つの大小の金瘡《きんそう》、黒土まみれに固くなっていてもまだなんとなく男の眼を惹く白い足首と赤絹《もみ》から覗いている大腿のあたり、それらの上に音もなく雨のそぼ降るのを、彦兵衛は眠そうに凝視めていた。
 空地に一人据わっているこの見すぼらしい男の姿を、通行人の二人三人が気味悪そうに立って眺め出すころ、煮豆屋から急を聞いた提灯屋の亥之吉は、若い者を一人つれて息せき切って駈けつけて来た。番太郎小屋の六尺棒、月番の町役人もそれぞれ報知によって出張したが、亥之吉始め一同の意見は、要するに葬式彦兵衛の観察範囲を出なかった。何よりも、殺された女の身元不明という点で立会人たちは第一に見込みの立て方に迷ったのである。
 詰めかけ始めた弥次馬連を草原内へ入れまいと、仕事師《きおい》が小者を率いて頑張っていた。その中には見知りの者もあるかもしれないから警戒を弛めて顔見せをしてはという話も出たが、事件はとても自分の手に負えないと見た提灯屋は、一つには発見者たる彦兵衛の顔を立てようと、来合せた同心組下の旦那へもひととおり謀った後ただちに八丁堀親分の手を借りることにし、早速彦兵衛を口説いて合
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