ずきっとなった提灯屋は、一歩前へ詰め寄った。が、出家は怪訝《けげん》な面持ち。
「屍骸――とは何の死骸?」
「へえ、お新さんの屍骸で――。」
「えっ! あの、お新!」
「のう、誰の足袋だか聞かせて下せえやし。」
「はい、足袋はたしかに寺男佐平の所有《もの》。」
「佐平どんはどこに?」
「あれ、今し方までそこらに――佐平や、これ、佐平や。」
炭俵なぞの積んである一隅に、がさがさ[#「がさがさ」に傍点]という人の気配がした。
「お!」
藤吉は素早く眼くばせする。心得た提灯屋が、飛んで行ったと思う間もなく、猫の仔みたいにひきずり出して来た小柄の老爺、言うまでもなく随全寺の寺男佐平であった。
「野郎逃がしてなるか。」有頂天《うちょうてん》になった提灯屋亥之吉が、なおも強く佐平爺の腕を押えようとすると、
「こう、提灯屋、ここは寺内だ。滅多な手出しをしてどじ[#「どじ」に傍点]踏むなよ。」
とにやにや[#「にやにや」に傍点]しながら、また藤吉は僧へ向き直って、
「この人が佐平どんで足袋の主、さ、それはそれとしてもう一つ伺いてえのは、お新[#「お新」に傍点]と呼捨てにするからにゃあ、彼の姐御とこの寺との間柄――。」
「はい。」と若い僧侶は顔色も蒼褪《あおざ》めて、
「はい、もうこうなりますれば、何事も包まず隠さず申し上げますが。」
「うん、好い料簡《りょうけん》だ。」
「実は、面目次第もござりませぬが、親分さま、実のところ――。」
と打ち開けた彼の話によると、若い身空で朝夕仏に仕える寂しさから、いつしか彼は笠森稲荷の茶屋女お新と人眼を忍ぶ仲となり、破戒の罪に戦《おのの》きながらも煩悩の火の燃えさかるまま、終いには毒食わば皿までもと住職の眼を掠めては己が部屋へ引き入れ、女犯《にょぼん》地獄の恐しい快楽《けらく》に、この頃の夜の短かくなりかけるのをうたた託《かこ》っていたのであった。
元来お新という女は江戸の産れでなく、大宮在から出て来て間もないとのことだったが、田舎者にしてはちょっと渋皮の剥《む》けたところから、茶屋を出す一、二日うちに早くも引く手|数多《あまた》の有様だったけれど、根が浮気者にも似ずそれらの男を皆柳に風と受け流していたのは、当初の悪戯気からだんだん深間へ入りかけていたとは言えけっして随全寺の若僧にばかり女を立てていたからではなく、全くは、大宮から一緒に逃
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