傍点]と戸外《そと》の泥濘《ぬかるみ》へ降り立った。が、出がけにその辺の格子の一つに小さな新しい瑕《きず》があるのを彼は素早く見て取った。
それとなく近所で何か問い合せた後、彼は八丁堀の藤吉の家を指してひたすら道を急いだ。
二
「真っ平御免ねえ。」
がらり[#「がらり」に傍点]と海老床の腰障子を開けた勘次は、そこの敷居近くに釘抜藤吉の姿を見出してわれにもなくほっ[#「ほっ」に傍点]と安心の吐息を洩らした。
「勘、昨夜は山谷の伯父貴のもとで寝泊りか――。」
例によって町内の若い者を相手に朝から将棋盤に向っていた藤吉は勘次の方をちらっ[#「ちらっ」に傍点]と見たなり吐き出すようにこう言った。吉原《なか》で大尽遊びをして来たと景気のいい嘘言《うそ》を吐こうと思った勘次は、これでいささか出鼻を挫かれた形で逡巡《たじたじ》となった。
「どうしてそんなことがお解りですい?」
端折った裾を下ろしながら彼は藤吉の傍へ腰を掛けた。一流の豪快な調子で藤吉は笑った。
「お前の足駄には赤土がついてるじゃねえか。」
と彼は言った。
「して見ると今|道普請《みちぶしん》をしている両国筋を
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