釘抜藤吉捕物覚書
のの字の刀痕
林不忘
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)飛鳥山《あすかやま》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二十|時《とき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)むずむず[#「むずむず」に傍点]していた
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一
早いのが飛鳥山《あすかやま》。
花の噂に、横町の銭湯が賑わって、八百八町の人の心が一つの陽炎《かげろう》と立ち昇る、安政三年の春未だ寒いある雨上りの、明けの五つというから辰の刻であった。
唐桟《とうざん》の素袷《すあわせ》に高足駄を突っ掛けた勘弁勘次は、山谷の伯父の家へ一泊しての帰るさ、朝帰りのお店者《たなもの》の群の後になり先になり、馬道から竜泉寺の通りへ切れようとして捏《こね》返すような泥濘を裏路伝いに急いでいた。
伊勢源の質屋の角を曲って杵屋助三郎と懸行燈に水茎《みずぐき》の跡細々と油の燃え尽した師匠家の前まで来ると、ただごとならぬ人だかりが岡っ引勘次の眼を惹いた。
「何だ、喧嘩か、勘弁ならねえ。」
綽名《あだな》にまで取った、「勘弁ならねえ」を連発
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