点滴となって台所へ続き、そこの板敷に栄太が死んでいたのであった。苦しまぎれに水を呑みに流し許まで来たが、煮えくり返っていた鉄瓶の湯を被って、それが落命の直接の原因となったらしかった。勘次は俯伏しの死骸を直して傷痕《きずあと》を調べようとした。死体の手触りや血の色からみて、どうしても二十|時《とき》以上は経っていると、思った。一昨日の夜中、助三郎夫婦が、甲府へ向けて発足した後に自害したものらしかった。無人《むにん》の留守宅を助三郎は兄の栄太に頼んだのかも知れない。が、平常《ふだん》から兄弟仲の余りよくなかったと言う人々のひそひそ話を勘次はそれとなく小耳に挾んだ。
「お役人の見える前に仏を動かすことは、勘さん、はばかりながら止してくんねえ。」
苦にがしそうに三吉は言い放った。と、表の方に人声がどよ[#「どよ」に傍点]めいて検視役人の来たことを知らせた。それを機会《しお》に勘次は無言のまま帰りかけた。勇みの彼の心さえ暗くなるほど、栄太の死体は酸鼻を極めていた。
「帰るか、そうか、藤吉親分へよろしくな。」
追いかけるような三吉の声を背後に聞き流して、勘次は返事もせずにぶらり[#「ぶらり」に
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