言えばもちろんそれまでである。けれども、突いた後で気が弱ってすぐその場へ取り落す方が自然ではなかろうか、と勘次は考えた。なにしろ窓には内部から桟が下ろしてあることではあり、表にも裏にも中から心張棒が支《か》ってあった事実から見て自殺という説には疑いを挾む余地がなかった。兄弟とはいえ好人物の助三郎とは違い、人にも爪弾《つまはじ》きされていたという栄太の死顔を、鼻の先へやぞう[#「やぞう」に傍点]を作ったまま勘次は鋭く見下ろしていた。無惨に焼けた顔は、咽喉の下まで皮が剥けていて、一眼では誰だか見当がつかなかった。お神輿栄太ということは差配の伊勢源と近所の店子たちの証言によって判然したのであった。
今朝早くいつものように此町《ここ》を通りかかった三河島の納豆売りの子供が、呼声も眠そうに朝霧の中をこの家の前までくると格子の中から異臭が鼻を衝いた。隙間から覗いて見ると赤黒い物がどろっ[#「どろっ」に傍点]と玄関に流れていた。格子戸の内側にも飛ばしりがあった。たしかに血だと思った子供は、胆を潰して影法師三吉の番屋へ駈け込んだのであった。時を移さず三吉は腕利きの乾児を伴れて出張って来た。土間の血が
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