いながら何やら二言三言耳打ちした。その間に勘次は死骸の肌を開いて傷痕を出していた。正面《まえ》へ廻って藤吉はその柘榴《ざくろ》のような突傷を撓《た》めつ眇《すが》めつ眺めていたが、いっそう身体を伏せると、指で傷口を辿り出した。それから手習いをするように自分の掌へ何かしら書いていた。
「出刃でやらかしたってえのかい?」
 と三吉を振り返った。三吉はうなずいた。そしてついでに懐中から公儀の始末書状を取り出して見せた。が、それには眼もくれずに、
「丑満《うしみつ》近え子《ね》の刻に、相好のわからなくなるほどの煮え湯を何だってまた沸かしておきゃがったもんだろう。」
 死骸を離れながら藤吉は憮然としてこう言ったが、急に活気を呈して、
「勘、手前見たか、あれを。」
「何ですい?」
「とち[#「とち」に傍点]るねえ、天井板の指痕をよ。」
「へえ、見やした。たしかに見やしたぜ。」
「ふうん。」と、藤吉は考えていた。と、差配の伊勢源へ向き直って、
「きっぱり黒白をつけてえのが、あっし[#「あっし」に傍点]の性分でね、天下の公事《くじ》だ。天井板の一枚ぐれえ次第によっちゃ引っぺがすかも知らねえが、お前さん
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