け猿を忘れぬゆえに貴公、かわいそうに乱心めされて、さような幻影を見るようにあいなったか」
「こけ猿が松の木などに、ぶらさがっていてたまるものか」
「嘘だと思うなら、出て来て見るのがいちばんの早道だ」
一同はがやがや言いながらその発見者の若侍に付き従って、ゾロゾロ庭先へ立ちおりてみると、高大之進をはじめ、尚兵館の一同、イヤ、驚きました。
驚くわけです。
庭隅の築山のふもと、江戸家老田丸|主水正《もんどのしょう》が、何よりの自慢にしている一本松……。
その梢に、黒い西瓜《すいか》のようにブラリとひっかかっているのは、紛れもないこけ猿の茶壺でございます。
ポカンと口をあけた高大之進、
「ああ、わが輩も、寝てもさめてもこけ[#「こけ」に傍点]猿、こけ猿と思ううちに、かような怪しの幻を見るようになったか」
とつぶやいて、思わず眼をこすったといいますが、それはそうでしょう。何しろ、そのこけ[#「こけ」に傍点]猿のためには、今まで多勢の人間が血を流し、またそのために、いま、若き主君伊賀の源三郎は行方知れず……丹下左膳などという余計者《よけいもの》まで飛び出して、まんじ巴の必死の争いを描き
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