ゃ」
 将軍様のさしだす、古びた小さな紙片を、愚楽老人は受け取って、
「フーム、あれほど禍乱の因《もと》となったこけ[#「こけ」に傍点]猿が、ただこれだけの物であろうとは、チト受け取りかねる。のう越前殿、この紙の虫食いの跡を、貴殿はなんとごらんになるかナ?」
「古文書に虫の食ったように見せかけるには、線香で細長く焼いて、たくみに穴をあけるということを申しますが、まさかそんなからくり[#「からくり」に傍点]があろうとも――」
「イヤ、わからぬ。わかりませぬ――」
 と愚楽老人は、からだに不釣合いな長い腕を、ガッシと組んで、考えこみました。
「これほど用心をして、大金を隠した初代の柳生、念には念を入れたに相違ない。これはことによると、同じようなこけ[#「こけ」に傍点]猿の壺が、まだほかに、一つ二つあるのかもしれませぬぞ」
「考えられぬことではない」
 と沈思の底から呻《うめ》いたのは、八代吉宗公で、
「大切な手がかりを、ただ一つの壺に納めたのでは、紛失、または盗難のおそれもある。戦国の世の影武者のごとく、同じような壺を二つ三つ作り、そのうちの一つに真実の文書を隠しておくということは、これは
前へ 次へ
全430ページ中91ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング