一|町奉行《まちぶぎょう》が、いかに重大な事件だからといって、夜間《やかん》将軍と膝をつきあわせて話すということなどは絶対にない……ナンテことは言いッこなし。物には例外というものがある。これがその、最も意外な例外の場合のひとつなので……正史には出ておりませんけど、このときの三人の真剣さは、じっさいたいへんなものでございました。
愚楽老人の眼くばせを受けて、越前守は、壺の風呂敷をとき、古色蒼然たる桐の箱を取り出した。
時代で黒光りがしている。やがてその蓋を取りのぞき、そっと御前に出したのは、すがり[#「すがり」に傍点]という赤の絹紐の網のかかった、これぞ、まぎれもないこけ猿の茶壺……。
多くの人をさわがせ、世に荒波をかきたてたとも見えず、何事も知らぬ顔にヒッソリと静まり返っているところは、さすが大名物《おおめいぶつ》だけに、にくらしいほどのおちつきと、品位。
人に頭をさげさせるだけで、自分の頭をさげたことのない八|代《だい》有徳院《うとくいん》殿も、このとき、このこけ[#「こけ」に傍点]猿に面と向かったときだけは、おのずと頭のさがるのをおぼえたと申し伝えられております。
ウー
前へ
次へ
全430ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング