ニヤした愚楽老人、
「上様、おたずね申しあげます」
「ウ? なんじゃ」
「およそ紙きれなどを壺にかくすといたしますれば、まず、どこでございましょうな?」
「何をいう。壺に封じこめる――つまり、壺の中に決まっておるではないか」
「それが、ソノ、なんども申すとおり、はいっておりませんので」
「それならば、はじめからないのであろう」
「サ、そこです。とそう、私も考えましたが、いま一度お考え願えませんでしょうか」
「ウム、わかった! ハハハハハ、わかったぞ」
眼をかがやかした吉宗公は、力をこめて小膝を打ちながら、
「二重底だな?」
越前守と愚楽老人は、チラと眼を見かわす。
沈黙におちると、もう夜のふけわたったことが、錐《きり》で耳を刺すように、しんしんと感じられます。おそば御用、近侍の者たち、ことごとく遠ざけられて、今この御寝《ぎょしん》の間に額を集めているのは、八代将軍吉宗様を中に、天下ごめんの垢すり旗本愚楽さんと、今をときめく南のお奉行大岡忠相の三人のみ。
黒地《くろじ》金蒔絵《きんまきえ》のお燭台の灯が、三つの影法師をひとつに集めて、大きく黒く、畳から壁へかけてゆれ倒している。
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