がたきしあわせに存じまする。いつもながらごきげんうるわしく拝したてまつり、恐悦至極に存じまする」
 つつしんで御挨拶申し上げているのに愚楽老人は、そういう儀礼はいっさい抜きで、いきなり、友達かなんぞのように将軍様へ話しかけて、
「どうしてこの壺が、越前の手にはいりましたか、そこらの筋道は、なにとぞおたずねなきよう」
「ホホウ、例の大金の所在を知るこけ猿とやら――どれどれ」
 乗り出す吉宗公……愚楽老人はまるで自分が悪戦苦闘ののち、やっと手に入れたような顔つきだ。

       三

 吉宗公はせきこんで、
「愚楽、越前。お前たちはもうその壺をあけて見たであろうな」
「ハッ」
 と越前は平伏して、
「ところが、紙片などは中にはいっておりません――」
 言いかけるそばから、愚楽老人は、まるでお風呂場で背中を流しているときのように、気やすに膝をすすめて、
「それが、上様、ふしぎじゃあございませんか。何もはいっていないんで」
 吉宗公は腕組みをして、眼をつぶった。
「フウム、はいっておらぬ。スルト、柳生の埋宝というのは、ひとつの伝説……いや、とんでもない作りごとにすぎなかったのかな」
 ニヤ
前へ 次へ
全430ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング