してさがってゆく。
 しばらくすると、おおいばりの愚楽老人の声が近づいてきて、
「だから、わしは言うたじゃないか。上様のお耳にはいれば、わけなくお眼通りをお許しくださるにきまっておると。何も知らぬお手前らが、中途で邪魔だてするとはけしからん」
 御座《ぎょざ》近くまでほとんどどなりちらさんばかりの勢いで来るのは、愚楽老人、いつもの癖が出たとみえる。
 上段の間のふすまを左右に開かせて吉宗公はじっと愚楽を見やった。たって、やっとふすまの引き手に頭のとどくほどの愚楽老人と、上背《うわぜい》もたっぷり、小肥りの堂々たる越前守忠相とがならんで、双方すり足でお次の間へはいってくるところは、その珍妙なこと、とうとう八代様をふきださせて、
「ウフフフフフフ……愚楽、そちの抱いておるのは、そりゃ、なんじゃ」
 愚楽老人は、大きな壺の箱を、持てあますように前に置いて、すわりながら、
「エヘヘヘヘ、とうとう伊賀のこけ猿が、大岡越前の入手するところとなりまして」
 その横に着座した越前守忠相、
「夜中をもかえりみませず、お眼通りを願い出ました無礼、おとがめもなく、かくは直々《じきじき》お言葉をたまわり、あり
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