……。
 手ぶら?
 と、愚楽老人の顔に失望の色がはしったとき、
「大作、其品《それ》をそこへ置いて、その方は溜りで待つがよい」
 忠相がうしろを振りかえって言った。用人の伊吹大作がついてきていたのだ。声に応じて大作は、大きな箱包みを室内へすべらせておいて――無言。
 平伏。愚楽老人に挨拶したのち、あとずさりにさがってゆく。
 壺の包みを引きよせた越前守忠相は、愚楽の前に静かに座をかまえて、いつまでもほほえんでいる。
「――――?」
 と、愚楽老人は、眼できいた。
「例の品でござるか、越州殿《えっしゅうどの》」
「まあ、さようで」
「ホホウ、どうしてお手に?」
「かの泰軒が引き受けた以上、成らぬということはありませぬ」
 愚楽老人は、それを心から肯定するように、大きくうなずいたのち、
「シテ、その泰軒は、いかなる手段により、いかなる方面より壺を入手したものでござろうのう」
「サア、それは……小娘が使者となって持ってきただけで、委細のことはわかりませんが――」
 言いながら忠相は、壺の風呂敷をときにかかる。
 おしとどめた愚楽老人、
「貴公、壺をひらいてごらんになったか」
「ウム、いかに
前へ 次へ
全430ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング