不愛想だが、人のよさそうな、親切らしい老人だ。
「ウム、どうじゃな、気分は」
すると……。
ふしぎなこともあるものです。床の上にけげんな顔をしてすわっているのは、丹下左膳――この漁師の家で着せられたらしい、継《つ》ぎはぎだらけのゆかたを着て、一眼を空《くう》に見はり、ひとりごと。
「あの川床の天井が落ちて、ドッと落ちこむ水にあおられ、運よく穴から川面へ浮きあがったまではおぼえているが――」
いぶかしげにあたりを見まわした左膳、横の床に、まだあおい顔をして死人のごとく昏々《こんこん》とねむっている柳生源三郎に眼が行くと、
「オオ、貴公もぶじだったか」
まったく、奇跡というほかはない。
一条の穴から落ちこむ水は、刻々に量《かさ》をまして、胸をひたし、首へせまり――ぬけ出るみちといっては、高い天井に、落ちてきたときの堅坑《たてあな》が、細くななめに通じているだけ、この生きうめの穴蔵が水びたしになっては!
左膳も源三郎も、そう覚悟をきめた。チョビ安は地面で、一人でかけまわっているらしいが、救いの手はのびてきそうもない。
頭の上には、三方子川の激流が流れている。
と、このとき、ま
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